2015年4月25日土曜日

「ドキュメント パナソニック人事抗争史」

パナソニックの停滞を人事抗争史の観点から論じた本。ほとんどの登場人物が実名で出てくる。さすがに直近のリーダーには否定的なことを書けないようだが、たとえば低迷の主犯の一人とされている森下洋一現相談役などは実名だ。著者は綿密に取材をしたという自負があるのだろうが、よくこんな本を出せたなと驚きを隠せない。同社に縁もゆかりもない私から見ても非常に興味深く、当然関係者には刺激的すぎる本であるに違いない。

パナソニックについて「おや?」と思ったのは2000年代の半ばに、不可思議な製品をいくつか発表しはじめてからだ。美容製品の一部はどうもオカルトまがいであったし、特に印象に残るのは2008年に発表した「持ち運びハンドルつきノートPC」だ。私を含むLet's Noteファンに異様な印象を与えたこの製品は、ほとんど一瞬で市場から消えた。2000年代の終わりには、幹部社員が新事業の提案をするよう強い圧力を受けているといううわさを聞いた。全体的に、どうも進むべき方針を見失っているように見えた。上位マネジメントは方針を示せず、しかし業績は上がらない。そのため非常に強い圧迫を下位のマネジメントに与えている。敗戦間近の日本軍のように、勇ましい提案が過剰に重視され、リスク管理や中長期的な戦略は二の次になっている ── これが傍観者の感想であった。いくつものパナソニック製品を愛用してだけに残念であった。

これが正しい観察だったのかは分からない。しかし本書によれば、その頃は確かにパナソニックの社内は混乱をきたしていたようだ。本書の筋は冒頭の「まえがき」にまとめられている。パナソニックの停滞の根本的な原因は創業者一族とそれ以外との確執にある。近代的経営の必要性を認識していた創業者松下幸之助は、1977年に改革のために末席役員の山下俊彦を社長に抜擢する。近代的経営ということは創業家の権限縮小を含む。しかし山下の改革を過度に急進的と感じた幸之助含む松下一族からの巻き返しにあい、創業者側、従って保守的な現状維持勢力が結果として長期政権を築く。パナソニックには非常に優れた人材がいたが、市場ではなく社内政治を優先する風土ができてしまったようだ。その結果として業績が危機的になった2000年の時点で、中村邦夫が社長になり、社内の組織改革と人員削減を進める。これによりいったんは業績は回復するものの、結局中村の挙げた成果はそこまでで、彼の強権的な運営手法は社内の混乱を招き、今ではパナソニックの経営危機の主犯とする声が大きい。仮に本書で書かれているような「恐怖政治」という形容が本当ならば、私が聞いたパナソニック社員の切羽詰った振る舞いも、なんとなく腑に落ちるような気がする。

本書は、2012年に社長に就任した津賀一宏が混乱に終止符を打ったというトーンで終わっている。インタビューを読む限り著者の期待は正しいように思える。最近の大塚家具の騒動を引くまでもなく、創業家と経営の関係は難しい。本書を読んで分かったのは、経営が混乱していた時期ですら、社内には人材も技術も存在したという事実だ。人材の幅でも技術の質でも、パナソニックは世界最高の企業のひとつだろう。イノベーションのジレンマにとらわれることなく、新社長の下で、ぜひ世界で再び羽ばたいてもらいたい。


  • 岩瀬 達哉 
  • 単行本(ソフトカバー): 242ページ
  • 出版社: 講談社 (2015/4/2)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4062194708
  • ISBN-13: 978-4062194709
  • 発売日: 2015/4/2
  • 商品パッケージの寸法: 18.8 x 13 x 2.2 cm