2012年3月31日土曜日

「アヘン王国潜入記」

黄金の三角地帯として知られるミャンマー、タイ、中国の国境山岳地帯にあるミャンマーの「ワ州」に入って数ヶ月起居を共にし、なんとアヘンの栽培まで一緒にやって、しまいには自分がアヘン中毒になってしまった顛末を記したルポルタージュ。あらかじめビルマ語でも中国でもない「ワ語」を習ってまで入り込む作者は、気合十分すぎる冒険ジャーナリスト、現代の偉人である。本書は、本人が「文庫版あとがき」に書く通り、作者高野氏の著作の中で「背骨」にあたる代表作である。その臨場感は圧倒的で、望むらくはもう少し写真がほしいところだが、それでも民族ものルポルタージュの中では疑いなく最高傑作の部類に入る。

東南アジアを描いたノンフィクションは、日本との歴史的な経緯もあり非常にたくさんある。その中で、何の気負いもなく面白いものを面白く描いている本書に、強い感慨を覚えざるを得なかった。

それはこういうことだ。ベトナム戦争の頃、といっても私もまだ生まれているかいないかの遠い昔、海外旅行さえまで一般的でなかった時代、民族もののルポルタージュというのはジャーナリストの専売特許のようなものであった。その多くには、歴史の進むべき方向にはある正義があり、その正義に沿って進むよう世界に訴えかけることが自らの使命であるとの思いが多かれ少なかれ存在していることがわかる。ベトナム戦争は、超大国アメリカが、いわば帝国主義的悪意から小国を服属させんと全力を挙げる戦いであると当時は考えられていた。小国ベトナムは、民族自決と社会的不平等の撤廃などの理想的理念を掲げて、乏しい武器で大国に立ち向かう。米国の物量に敗れた敗戦の記憶ともあいまって、大多数の市民はベトナムに肩入れした。

しかし今から当時を見れば、ベトナム戦争は単に冷戦の所産、代理戦争と言わざるを得ず、「ベトナム解放」後、共産党政権による人権蹂躙によって100万人以上のインドシナ難民が発生した。今ではベトナム政府は、経済的には市場経済路線を採択するに至っている。醒めた目で見れば、当時信じられていた歴史の必然というものはほとんど何の痕跡もないとすら言える。

当時のジャーナリストたちが書いた「正義の」民族的ルポルタージュは、時代に消費され朽ちていった。当時信じられた歴史の必然などというものは幻で、そういう幻に依拠した物語はいわばオカルトに過ぎない。我々の時代は、当時信じられた歴史の座標軸を失った時代である。だからこそ、自分の興味それ自体を普遍化する作業が必要である。それは面白いものを面白く描くということであるが、単なる自慰の枠を出るためには、既成の「正義」に寄りかかるよりはるかに高度な才能が必要である。

なお、あとがきにあるように、本書は当初日本では出版社の興味を引かず、英訳版が先行して発売された。 そのあたりの経緯も、この国の今を考える上では興味深いものがある。


アヘン王国潜入記
  • 高野 秀行 (著)
  • 文庫: 392ページ
  • 出版社: 集英社 (2007/3/20)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4087461386
  • ISBN-13: 978-4087461381
  • 発売日: 2007/3/20
  • 商品の寸法: 15.2 x 10.6 x 2 cm


The Shore Beyond Good and Evil: A Report from Inside Burma's Opium Kingdom
  • Hideyuki Takano
  • ハードカバー: 277ページ
  • 出版社: Kotan Publishing, Inc.; illustrated edition版 (2002/7/1)
  • 言語 英語, 英語, 英語
  • ISBN-10: 0970171617
  • ISBN-13: 978-0970171610
  • 発売日: 2002/7/1
  • 商品の寸法: 22.2 x 15.4 x 2.5 cm

2012年3月10日土曜日

地雷を踏んだらサヨウナラ [DVD]

カンボジアで消息を絶った若き戦場カメラマン一ノ瀬泰造のカンボジアでの日々をつづった映画。

戦場カメラマンという職業は今の日本ではいまひとつピンと来ないが、1970年前後、敗戦のネガティブな記憶が色濃く残る日本では、おそらく最高にカッコいい職業であったのだろう。一ノ瀬は、言ってみれば殉教者として、死後若者たちの英雄となる。ロバート・キャパ賞(Robert Capa Gold Medal)を追贈された沢田教一のような国際的大物と違い実績十分とは言いがたいにもかかわらず、いまだにこのように、新進気鋭の俳優の主演で演じられるほど伝説化しているのは、同名の書籍が彼の純粋な思いを色褪せぬ言葉と映像で世に伝え続けているためであろうか(私は書籍は読んでいない)。

一ノ瀬は、愛情ある知的な両親に育てられた。彼の死後、母上を中心に、遺稿の出版が幾度かなされた。母上のインタビュー記事を見ると、一ノ瀬が、ただの功名心に駆られただけの男とはどうやら一線を画していることがわかる。
大学時代はボクサーを撮ったりしてましたけど、『実際やらないとわからない、撮れない』と自分でもジムに通って練習して、試合にも出ていました。外からじゃなく、いつも被写体の中に入りこんで写真を撮っていました。戦地でも、まず現地の人々と心が通うこと。常にそこから撮っていたようです。一ノ瀬信子さんインタビュー記事より) 
彼は反戦運動の政治的スローガンに踊って戦地に行ったのではなく、彼の中では、戦地のカンボジアに向かうことは何らかの内的必然性があったに違いない。ボクシングを撮るために自らボクサーになろうとしたように、人間の何かの真実が戦地にあると信じ、それを掴み取るために現地に飛んだに違いない。そういう芸術家の内的衝動を描くのに、映画というメディアはほぼ理想的だと私は思った。

しかし残念ながら、この映画には、浅野忠信という俳優を安く消費した映画、といった程度の感想しかない。一ノ瀬があの恐怖のクメール・ルージュ支配下のアンコールワットを目指した内的衝動は何一つわからないし、カンボジア人の「親友」との交流の描き方も表層的で、心に迫るものがない。現地の子供の人気者だった、しかし子供が内戦の巻き添えで死ぬ、あるいは地雷を踏んで死ぬ、悲惨だ、悲しい、というようなお手軽ストーリー。現地の美人ウェイトレスとの公式どおりの恋のシーン。視界が狭い画像。荒れた絵。浅野忠信のいかにも素人っぽいカメラ扱い。映画として楽しめる要素がほとんど何もなく、近年見た中で有数の退屈作といわざるを得ない。

一ノ瀬泰造は、この映画ほど退屈な男ではないと信じたい。


地雷を踏んだらサヨウナラ [DVD]
  • 出演: 浅野忠信, 川津祐介, 羽田美智子
  • 監督: 五十嵐匠
  • 形式: Color, DTS Stereo, Widescreen
  • 言語 英語, 日本語, ベトナム語
  • 字幕: 日本語
  • リージョンコード: リージョン2 
  • 画面サイズ: 1.78:1
  • ディスク枚数: 1
  • 販売元: アミューズ・ビデオ
  • DVD発売日: 2006/06/23
  • 時間: 111 分