2011年12月14日水曜日

「日本酒」「日本の酒づくり」

日本酒に関するやや古い本を2冊紹介する。キーワードは吟醸酒である。

私は学生時代、日本酒研究会というサークルにいた。主たる行事は休み明けにサークル室に集まって、各自が持ち寄った酒を総当り式で一対一で評価して、その年の優秀酒を決めるというものだった。利き酒は口に含んで吐き出すのが正しい作法だが、「酒の一滴は血の一滴」、貧乏学生の我々にはそんなことはありえない選択で、当然そのうち酔っ払って、しまいには勝ち負けなどどうでもよくなるのであった。

そのサークルに入ったきっかけが何だったかもはや思い出せないくらいなのだが、そこで学んだ最大の知識は、日本酒には大きく分けて2つの種類があるということである。吟醸酒と、そうでない酒である。そして日本人の過半数の人たちは、いかに吟醸酒というのが特別な酒か知らない(これはできの悪い吟醸酒の悪影響によるところも大きい)。

篠田次郎著・『日本の酒づくり』には、吟醸酒の成り立ちがややドラマチックに描かれている。やや意外なことに、我々日本人が吟醸酒というものを知ったのは、比較的最近、ほとんど昭和に入ってからのことである。熊本の酒蔵が品評会に出すために醸した酒が、通常の日本酒とは似つかぬフルーティーな香りを発した。それまで、精米歩合を高めて低温で醸造することで、ごくまれに、極めてよい香りの酒ができることは杜氏の間で知られていた。しかしそれは淡い香りで、いわば幻の香りと言われていたのだが、大正15年に醸されたこの「香露」は誰もが認める傑作で、後日この蔵から採取された酵母は、日本醸造協会第9号酵母として、広く日本中の酒造メーカーに使われることになったのである。篠田氏の著書は、昭和に入り、吟醸酒を庶民が買えるようになるまでの流れをまとめた良書である。

日本酒の歴史は技術革新の歴史である。国税庁醸造試験所に長く勤めた秋山裕一氏による『日本酒』には、明治以降、時に最先端の化学的知識を駆使しつつ、いかにして高品質の酒を造れるようになったかが詳しく書かれている。特に、日本酒の腐造をもたらす「火落ち菌」をめぐるエピソードは興味深い。日本酒の品質管理の文脈で発見されたこの菌の生育条件を調べる過程で、東京大学教授の田村學造らは、今で言うメバロン酸という新物質を発見した。それはコレステロールの生合成などにかかわる重要物質で、その後3名のノーベル賞受賞者を生むのである。

吟醸酒の芸術的な生成過程を一度知ると、もはや、ぶどう酒を同格に考えるのは無理というものである。吟醸酒は日本文化の精髄である。ビールやぶどう酒もいいが、日本人なら基本を押さえよ。


日本酒 (岩波新書)
  • 秋山 裕一 (著)
  • 新書: 210ページ
  • 出版社: 岩波書店 (1994/4/20)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4004303346
  • ISBN-13: 978-4004303343
  • 発売日: 1994/4/20
  • 商品の寸法: 17.2 x 10.6 x 1.2 cm

日本の酒づくり―吟醸古酒の登場
  • 篠田 次郎 (著)
  • 新書: 187ページ
  • 出版社: 中央公論社 (1981/12)
  • ASIN: B000J7SA0Q
  • 発売日: 1981/12
  • 商品の寸法: 17.6 x 11.8 x 1 cm