2011年10月17日月曜日

「国家の品格」

発売後わずか半年、2006年5月までに265万部を売り上げた大ベストセラーの国家論。いまさら取り上げるまでもないのだが、Amazon.co.jpでの書評が独特な分布をなしていたので一言言及しておきたい。その部数からして本書は非常に好評をもって受け入れられたが、書評を書くようなインテリからすれば、そのまま受け取るのがくやしい気分にさせる何かがあるらしい。星1つの酷評も比較的多い。面白いことに、星ひとつを与えた感想は、

  • 日本を美化しすぎである
  • 断定的過ぎる
  • 非論理的である

というような内容がほぼすべてで、非常にばらつきが少ない。内容に踏み込んだ批判はほぼなく、感情的に反応している様子が見られる。典型的なのは
実証や論理を欠いたほとんど印象論による日本的精神の称揚によって語られる「自信と誇り」なんて、たんなる「傲慢」に過ぎない
のような論法である。

内容に踏み込んだ批判もないわけではない。いくつかあるのは、新渡戸稲造を誤読している、という批判であろうか。新渡戸はクリスチャンであり、むしろ西欧精神の代表であるから、『武士道』をもって日本文化を称えるのは論理的に間違いだ、というものである。しかし本書では、これは新渡戸が「解釈した」武士道であると明記してあるし(p.121)、「アメリカに留学してキリスト教クウェーカー派の影響を受け」たとも書いてある(p.122)。むしろ比較文化論の結果としての武士道というのが論旨なのだが、どうも話はかみ合っていないようである。

この書評に見るのは、自国を褒め称えることを悪事のように思うインテリがいかにこの国には多いかということである。これは明確に教育の影響であろう。しかしはっきり言っておきたい。謙虚というのは、豊かさゆえの贅沢であるということを。

たとえば、安い料金でインターネットに接続でき、PCを購入でき、家電に囲まれた快適な生活ができるのは、その富を誰かが稼いだからである。よく指摘されるように、日本の場合その富の大部分は、主として製造業を中心とする国際競争力のある業種が稼いできて、たとえば税金として納め、あるいは給与という形で日本の市場を潤した結果である。つまりそれは、国際競争に打ち勝った結果得られた利益なのである。競争とは当初は勝ち負けが分からないから競争なのであって、そういう競争に突っ込んで行くためには、何かを信じる力が必要である。論理だけでは戦えないことは明らかであり、いみじくも帯に書かれている通り、「すべての日本人に誇りと自信を与える画期的日本論」が必要な理由もそこにある。

この「論理」をめぐる不毛なやり取りで想起されるのは、成果主義的人事評価をめぐる富士通の混乱である。富士通では、人事部の法文エリートたちが、個々の従業員の成果を「論理的に」評価すべく、定量的成果主義を導入したのであった。成果主義を導入した側も、それを非難する側も、成果主義=機械的定量人事評価、と信じているのには笑ってしまう。パソコンの販売員のような職務は別にして、そんなことはできるはずがないではないか。

論理を欠いているという理由で本書を非難する人々は、論理の出発点に情緒があるという事実自体を理解していないように見える。簡単に言えば、論理の力を過信しているように見える。人間という多面的な存在を単一の数値的指標により評価することなど不可能であるのと同様、文化的優位性を論証する論理などはありえない。本書の著者はそんなことは百も承知であろう。

それにしても、本書を読んで、「欧米にも欠点はあるが良い点もある、日本にもいい点はあるが欠点もある」(だから本書は受け入れられない)などという自明な感想しか浮かばない人たちは、どうやって日々の生活の糧を得ているのだろうか。創造も競争もなく自動的にお金をもらえるような職業があるのだとしたら、実にうらやましい限りだ。


付記。
念のために述べておくと、本書において「市場原理主義」を非難する箇所にはまったく賛成できない。誰だって競争するのは疲れるし、年功序列で十分な分け前が得られるのなら楽でよい。日本の先進的企業は、誰も好き好んで成果主義にシフトしたわけではなく、それが経済原則からして不可避的だったからそうしたまでである。資本主義というルールを認める限りにおいては、それは歴史的必然である。では、そのルールを認めないという選択肢はあるのだろうか。少なくとも現時点では存在しないし、社会主義の壮大な実験で分かったことは、おそらく、将来にわたっても存在しないということだ。残念ながら、それは情緒を超えた問題だと言わざるを得ない。本書の限界はこの点にあるのだが、詳しくはまた稿を改めよう。


国家の品格 (新潮新書)
  • 藤原 正彦
  • 新書: 191ページ
  • 出版社: 新潮社 (2005/11)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4106101416
  • ISBN-13: 978-4106101410
  • 発売日: 2005/11
  • 商品の寸法: 17.5 x 11 x 1 cm

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